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真田丸築城にみる幸村の狙い [歴史]

昨日、丸ビルマルキューブにて展示されていた「大坂の陣400年 丸の内夏の陣 真田幸村と戦国武将たち」を覗いてきました。

真田幸村を中心とした甲冑の展示に加え、真田丸のジオラマが展示されているというので見にいってみたのだが、

甲冑武者像は立像から座像まであり、ライトアップ効果もあり躍動感が伝ってくるものになっていた。

さすがに赤備えで有名な幸村の甲冑は艶やかな様相で、いつ見ても奮い立たせるものを感じますね。




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◇真田丸のジオラマ

ただ、期待していた真田丸のジオラマは残念なものだった。

なぜなら展示されていたものは真田丸単体のジオラマで大坂城との兼ね合いがビジュアル的に表現されていなかったからだ。

出来れば大坂城の弱点といわれていた南面防御の強化として作られた曲輪としての真田丸がわかるように展示してもらいたかったのだが…

せっかくのジオラマなのでせめて幸村の知恵の結集といわれている真田丸をみて、

「どこがどうすごいのか?」「なぜこういう形をしているのか?」がわかるよう展示する努力をもう少しした方がよさそうですね。

ちなみに、埼玉県の川越市立博物館で展示している川越城と城下町のジオラマは出来がよい。

城構えだけではなく城下町や近くを流れる川や田畑まで含んでおり、地理的な情報をよく伝える内容となっていた。

お城や合戦の楽しみのひとつである合戦のイメージをするうえで、戦略の重要な要素となる地形や配置などの地理的な情報は文字では分かりずらいので、絵図やジオラマなどで補足されているととてもありがたい。

まあ、今回の展示スペースの広さや無料公開ということを考えればそこまで望むのは間違っているかもしれませんがね。



◇真田丸と赤備え

ついでにもうひとつ。

真田幸村の甲冑にみられる赤備えだが、大坂の陣では夏の陣で使用されている。

大坂の陣は冬の陣と夏の陣の2度行われた戦いだが、真田丸が築かれ活躍したのは冬の陣。

自ら率いる軍勢の甲冑を赤一色に統一した赤備えで家康本陣を切り崩す活躍をしたのが夏の陣というわけだ。

赤備えはもともと武家の中でも武名の高い武将に許されるもので、有名なのは「武田の赤備え」「井伊の赤備え」と「真田の赤備え」だ。

赤一色に統一された軍勢は見るだけで「強そう」に見えるものだが、赤い色は目立つもの。

狙われやすくなることも考えると武名あってこその「赤備え」である。

それまで父昌幸の陰に隠れ名を馳せるほどの武名がとどろいていたわけではない幸村。

赤備えを夏の陣から用いたのも、冬の陣で真田丸の戦いがあったればこそだったことがうかがえる。

さすが智将。

真田丸とともに赤備えを展示するなら、こういった側面も説明してもよかったかもね。



◇真田丸築城にみる幸村の狙い

大坂城の弱点と言われた南側に築かれた真田丸。

幸村は自ら志願してこの方面の守りについたという。

一説には敵味方に分かれた真田を信用していなかった為、裏切りを警戒されたとも言われている。

しかし、幸村の本意が今後の戦いを見据えた上であえて激戦区となる南面の配置を選んだとしたら…

そう、自らの武名を示し、場内の疑いを晴らすとともに、後の赤備えの効力まで計算していたとしたら…

いくら槍働きが冴えたとしても、そう易々と家康本陣にたどり着けるものではない。

大坂入城から一貫して幸村の狙いが合戦において、天下の弓取りとなった家康に勝つことだったとしたら…



戦国の智将とはここまで深慮遠謀ができるのかと、

正直関心させられる。

幸村は人気先行の武将だけに、こうした彼の軌跡を改めて辿ってみると新たな発見がありおもしろい。

来年は大河ドラマの主人公となる幸村。

大河ドラマのタイトルも『真田丸』だけに、三谷幸喜が幸村のどんなところを掘り起こしてくれるのかも楽しみだ。


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