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タモリ提言に同調する大人が知らない『お疲れさま』に隠された問題 [雑感]

タモリの提言が波紋を呼んでいる。

タモリの提言とはこうだ。

「子役がしきりに撮影現場などで『お疲れ様です』というが、『お疲れ様』は本来"目上"の者が"目下"の者にかける言葉だから、

子役が相手を選ばずに『お疲れ様』という挨拶をするのはおかしい。」と。




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◇言葉の乱れを指摘したタモリ

今回発言が波紋を呼んだのは「夜タモリ」でも発言らしいが、タモリは以前から『笑っていいとも』などいろいろな番組で、

この手の発言をしている。

いわゆる、言葉本来の意味と使い方が違う場合だ。

確かに言葉本来の意味を正確に知る者からすれば、違和感を感じることが多い言葉はたくさんある。

だが、言葉は時代と共に使われ方により意味の幅を広げることは多く、

タモリが今正しいと認識して使っている言葉も語源をたどれば使い方が今とはことなる場合だってあるのだ。

問題は、使う方にばかりあるのではなく、使う側と受け取る側で意味合いがずれてきていることなのではないか?



◇言動のズレの原因に目を向けない議論

果たしてタモリがそのズレを問題提起したかったのかどうかはわからない。

しかし、タモリを離れ巷で議論となっているのは『お疲れ様』の使い方が正しいかどうかであって、

なぜ若者(子役を含む)が目上に向かって『お疲れ様』というのかということには触れていない。

僕も目上の人に向かって『お疲れ様です』時には『ご苦労様です』と使ってしまうときがある。

『ご苦労様』が目上から目下へというのは有名な話で、なるべく気を付けてはいるが、

それは目上の人が目下の者以上に忙しく働いている場合に使ってしまうことが多い。

要は、気が引けるのだ。

今時期でいえば、冷房の効いた部屋にいる目下の者が、暑い外から帰ってきた目上の者に対して、

「おかえりなさい」だけでは物足りないでしょう。

「暑かったでしょう」とか「大変だったでしょう」といった労いの気持ちからくる言葉の総称として『お疲れさま』を使っているように思う。

ただ、目下の者から労われる筋合いはないという指摘もあるかと思う。

だが、それならば目上の者は目上の者らしく、労わられるように見られている自分の言動をもっと考えるべきだと思うが…。



◇そもそも論

そもそも、いくら芸能界とはいえ、子どもが大人にまじって働いていることには違和感を感じないのか?

"子どもに面白くしてもらわなければならない"ほどの大人の体たらくに違和感はないのか?

才能がすべてというならば、子役だからと言って目下と決めつけるのは果たしてどうなのだろうか?

それならば目上や目下といった感覚自体も取っ払われてしかるべきだと思うが…



まあ、違和感を述べるのは自由でいいとおもうが、

ものの使い方まで制限するのはどうだろうか?

いくら目上の方であっても…


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